先日、高度先進医療は一概にもてはやされるべきではないという趣旨の記事を書いた。
死ぬべきときに死ぬことができない不幸がある限り、過度な医療は見直されなければならないと思うからだ。
だが、人が死を意識した状態で冷静に適切な医療範囲を判断することは困難である。そう思い知る機会を昨年経験した。
1年前のちょうど今ごろ、ワタシは死をごく身近に感じて1週間を過ごした。
最初に大学病院の外来を訪れると、あとはコンベヤーに載せられたように手術日が決定され、その後の化学療法のおおまかな計画まで、その日のうちに説明されたのである。
これで(外見はともかく)内心混乱しない人はいないのではないか。前日まで鼻歌まじりで暮らしていたのが夢に思えた。
発端は前夜の風呂上り。ヨガのポーズをとった踵に、踏んだ西瓜の種がそのまま貼りついたような斑点を見つけた。
よくみると、輪郭はおぼろで中心が濃い色をしていた。あ、と思うより先に鼓動が打った。
以前聞きかじった悪性黒色腫、メラノーマの特徴と瓜二つだったからだ。踵という場所に見つけたのもメラノーマを強く疑う理由となった。
メラノーマはほかのガンに比べ異常に進行が早く、5ミリを超えると5年生存率は20%くらいに落ちるといわれる。
定規を当てると最大8ミリあった。話にならないと思った。翌朝、大学病院に走った。
診察室には皮膚科医師が集まって来、患部の写真が撮られた。医師たちが一様に難しい顔なのが不安をあおった。
そして、生体検手術の日程がその場で決められ、手術前検査を受けた。踵はほぼ抉るように切り、悪性の場合、即入院し、抗癌剤集中治療を行うと説明を受けた。
たとえ生体検手術であっても、手術による刺激がメラノーマの進行をさらに早めるためだという。
決められた手術日は、初診から1週間後。堺市政務調査費裁判の当日であった。まず、裁判所に出廷不能の旨、上申書を送った。
請けていた仕事を仕上げた。取材はキャンセルした。入院準備をした。新聞を止めた。抗がん剤治療用キャップを買った。遺影を選んだ。預金をおろした。
そして、ワタシは生きるためではなく、死ぬための準備に1週間を費やそうとしていることに気がついた。
最後の1日は生きるために使おうと、セカンドオピニオンを探した。メラノーマ専門医のいる皮膚科は谷町4丁目の駅上にあった。
娘が付き添ってくれた。受診手続きをすませロビーで振り返ると、さっきまで饒舌だった娘が茫然と座っている横顔があった。泣きそうになった。
紹介状すらなかったが、すぐ受診できた。医師はダーモスコープなるメラノーマ専用拡大鏡で診断した。「メラノーマではない」と。
診察室を出て、娘を見たら涙がとまらなかった。もちろん、先の病院の手術はキャンセルした。
最後の1日を生きるために使わなかったら、たとえメラノーマでないと判明しても踵をえぐられ、神経を切断され、歩行困難な日々を送っていたに違いない。
そして、メラノーマだったら、病院側が提示する手術や化学療法との組み合わせ、治験も含めた取捨選択を迫られただろう。
ごく短期間に、眠れぬ朦朧頭でワタシは何が自分にとって適切な医療範囲かを判断できただろうか。今なら言える。自信がない。
そして思った。元気(冷静)なうちから死に方、生き方の輪郭を描いておくことが、いざという時、医療範囲を決断する助けになると。
医療を選ぶことは、死に方を選ぶことであり、死に方を選ぶことは必然、生き方を選ぶことに直結する。
(949号)