2009年 11月 20日
女に灯油をぶっかけられ、ライターで火をつけられそうになった男、富樫重蔵。50歳。背が低く、チンパンジーに似た顔で、算数が苦手ときている。
ところが、上巻の半分も読まないうちに、そんな富樫がなかなかいい男だと思えてくるから不思議である。
そして、下巻を読み終える頃には、こんな魅力的な男はめったにいないと心底思えてくるのだ。
妙な例えで恐縮だが、眠剤を飲んでも眠れそうもない夜に、「も、アカンわ。一生寝られへん気がするねん」と半泣きの声で電話してみたい男である。
それで、小1時間でも話してるうちに安心させられ受話器持ったまま眠ってしまいそうな、世にも不思議な中年男である。そんな富樫と親友の契りを結んでいる遠間憲太郎は、富樫とは対照的なちょっと色気のあるカメラメーカーのエンジニア。離婚歴ありの50歳だ。

早い話が、中年オヤジ2人が繰り広げる笑いと涙の感動大作なんである。
2人ともこの日本という国を厭世的にみているが、決して人に無関心でなく、誤解もするが周囲の気心を推し量ろうとする心根はいつもやさしい。
車内で読んではプハッと吹き出し、寝床で読んでは泣き寝いるという、一切退屈なしの長編だ。
読み始めてすぐに思ったが、登場人物の会話のテンポは田辺聖子作品を彷彿とさせる。
そういえば、宮本輝と田辺聖子はかつてご近所同士の間柄。聖子女史の「かもかのおっちゃん」ありし日には、どちらかの家でよく一緒に飲んだと、田辺聖子のエッセイに書いていたのを思い出す。
関西弁と関西人の思考パターンが、疲れた気持ちをもみほぐしてくれる逸作。
(第556号)


平熱が35度のワタシにとって、世間でいう微熱でさえもはやフラフラになるんである。それがインフルの高熱39度も出りゃ、生きるの死ぬのって騒ぎである。





宮本輝の「約束の冬」を読んでから、空飛ぶ蜘蛛に心ひかれて読んだ一冊。著者、錦三郎は蜘蛛に魅せられ、生涯をその観察と紹介のためにささげた人である。
「この国の民度がひどく低下している」と感じたことが、宮本輝にこの作品を書かせたという。
母の遺品を片づけていて、こんなものが見つかった。
昨年亡くなった伯母の納骨回向のため、大阪市内のお寺へ。
本堂での納骨回向の後、納骨堂でお坊さまとともに手を合わせ、1時間ほどの儀式は終了である。

中にあるものと薬膳のレシピをみくらべて、つくったのが「きゅうりのとろろあんかけ」。

観たい、観たいと思いながらやっと観た映画「プール」。
ただひとつの実用文を除いて、読むものはだいたい何でも好きである。
ほぼ犬のような生き物。でも、肉球のあいだに水掻きがある。とても珍しいというべきか、おそらくこの世界に唯一となった種の存在がブラフマンだとする。




太宰治生誕100年というこじつけで“ヴィヨンの妻”が映画化されたそうな。



死ぬことと生きること。それは、一人にひとつずつ、かたよりなく与えられた始まりと終わり。








